【書籍紹介】数学でつまずくのはなぜか

今日は数学のお話です。といっても、私は数学者でもなんでもありませんので、あまり難しい話はするつもりはありません。

「数学でつまずくのはなぜか」(小島寛之著、講談社現代新書、2008年)

著者の小島氏は、現在は大学の先生をしているようですが、塾で数学を教えていた経験もあるようで、その頃のエピソードが本書にはたくさん出てきます。

読んでいて自分もこのあたりで同じように苦しんだなぁ、と感慨深くなります。

本書は、代数、幾何、関数、自然数、無限などの数学で学ぶ事項をいくつか取り上げ、生徒たちがどこで、どのようにしてつまずいてしまうのか、その原因は何なのか、解決策はあるのかといった点を、数学の歴史も踏まえながら分析しています。

本書の幾何の部分をここでは取り上げてみたいと思います。

幾何のお勉強は、要は図形の性質(平行とか、合同とか、相似とかといったもの)についてのお勉強ですが、そこにはなぜか「証明」という操作が組み込まれています。

例えば、「二辺の長さが等しい三角形の二角は等しい」という定理があって、これを証明しろという問題が出されるわけです。

そんなもの図形をみれば一目瞭然ですから、「証明するまでもなく、あたりまえだろ」といいたくなります。

しかし、数学は無情にも我々に証明を要求してきます。

なんでそんなあたりまえのことをいちいち「証明」する必要があるのか、ここが最初の混乱ポイント。

我々は、仕方なく次のような証明方法を考えます。

「二等辺三角形を半分に折って、角を重ね合わせるとピッタリ一致するから、二角は等しい。」

しかし、これは正解とはみなされません。どうやら証明の中には「正しい」証明と「正しくない」証明があるらしいのです。しかし、両者の違いは判然としない。

ここが第2の混乱ポイントです(「正解」の証明を知りたいという方はこちらを参照)。

幾何というからには「図形の性質」を明らかにするものだろう、というのは自然な発想だ。それなのになぜ、「論証」という、いってみれば「緻密な理屈」が必要なのか、そういう疑問が初学者を混乱させることはあたりまえといえばあたりまえである。しかも、その「理屈」の中には「正しい理屈」と「間違った理屈」の区別があるというのだが、大差ないように見える理屈がどうしてそういう風に正誤に分類されるのか、教師の個人的な趣味を反映しているだけではないか、そういった反感が渦巻くことだろう。

こうした疑問に対して著者は、幾何学の歴史を紐解き、「図形の性質」と「論証」をペアにして分析するという思考方法は、ギリシャ数学の伝統的な方法であり、必ずしも幾何学についての唯一の方法論というわけではない、と指摘した上で次のように述べています。

実際、ギリシャよりも古い文明を持つエジプトやバビロニアでも、ギリシャとほとんど同じだけの幾何学の知識を持っていたそうだ。しかし、エジプトやバビロニアの学者たちは、図形の法則を「ただそうである事実」として受け取り、「どうしてそうであるか」ということについては興味がなかったのである。

こうしたエジプトやバビロニアの発想は、先ほど出てきた「そんなもの証明するまでもなく、あたりまえだろ」という発想と根源的には同じと考えていいと思います。初めて幾何学を学ぶ生徒がこうした疑問を持つのは歴史的にみてもごく自然なことなのでしょう。

これに対して、ギリシャの学者たちは、図形の法則を相互に関連づけたり、根拠付けをしたりすること(=証明)に興味を持ったようです。

そして、こうした根拠付けの手法を集大成したのが、有名なユークリッドという人です。

ユークリッドの偉業というのは幾何を「体系化」したことである。つまり幾何の法則を簡単なものを出発点にして、複雑なものを簡単なものから導く、という形式で整列させたことだ。・・・出発点の五個の法則は「公理」といい、公理とそれから論理的な手続きで導かれる定理を樹形に編み上げたものを「公理系」と呼ぶ。ユークリッドは当時知られていたすべての図形の法則を一つの公理系に仕立てて、それを「原論」という本に著したのである。

そして、現代の数学教育では、このユークリッドの公理系を基礎として幾何学を教えているけれども、その辺の歴史的な経緯をあまり意識することなく、教えてしまっていることが混乱のもとだと指摘します。

・・・「原論」が示したような体系化の方法は、決して「それだけが正しい」という決定的なスタイルではない、ともいえる。そう考えれば、まだものごとを学ぶ道すがらにある中学生が、この方法論を唐突に押し付けられ、困惑するのも十分理解できることだ(・・・)。

以上が、第1の混乱ポイントの原因分析。

さらに著者は、次のように続けます。

公理系における論証の積み重ねでは、ある定理を証明するとき、それ以前に得られていない法則を利用しないように用心しなければならない。公理系の外にある直感や飛躍のある論理を慎重に排除しなければならない。

この「公理系」における約束事が十分に意識化されることがないために、第2の混乱が生じていると考えられます。

つまり、私が先ほど示したような、「二等辺三角形を半分に折って角を重ね合わせる」という論証は、公理系の範囲外の事象を用いているために「正しい証明」とはみなされないというわけです。

こうした幾何学教育の問題点について、著者はユニークな発想(「公理系はRPGだ!」)で解決策を提示しておられますので、ぜひ原書に当たっていただければとおもいます。

個人的には、数学を歴史的に捉えた部分の説明が面白かったです。単に学校で数学をお勉強している時にはあまり意識することがなかった事柄でしたので新鮮でした。

数学に限らず、ものごとにはすべて歴史があり、その文脈を無視しては本当の理解にはいたれません。本書はこの辺を実に丁寧に記述してあります。文章もわかりやすいです。

おすすめの一冊です。

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